楽しいって、素晴らしい!
こんにちは。
ばっけ丸です。
本日は、オタク丸出しでお送りいたします。
とは言っても、ミュージカルではなく、アイドルオタクとしてのばっけ丸についてお話しします。
私のアイドルの推し方というのは少し特殊かもしれませんが、さまざまな界隈に推しグループがいて、その都度新たな界隈で好きになるグループができていくんです。
そしてそれを掛け持ちしているわけではなく、ブームが来て去る、みたいな感じで、その後陰ながら応援しますが、あまり本腰を入れて応援、という感じにはならないのが常です。
大学に入って少し経った頃、あるグループのメンバーのダンスに落とされたことをきっかけに、そのグループを応援し始めました。
生まれて初めてファンクラブに入り、生まれて初めて現場参戦としてライブにも参加しました。
何よりも好きな推しのダンスをアリーナ席で見れたのは本当に思い出です。
とても幸せで、いつまでもこれが続くんだと、私は当たり前に思い続けていました。
でもその応援生活は、いとも簡単に壊れてしまいました。
2年生になって学校生活がハードになり、推しを満足に推せていなかったところに、推しが不祥事で活動休止の知らせが来ました。
最初は怒りより何よりも、そんなことをする人とは到底思えす、これは、現実なのかな、ドッキリか何かかと思ってしまうほど、頭ではわかっているけどよくわからない感情でいっぱいでした。
でも辛かったのは、なんとなく推していて少しテイストが変わっているなと過去を追って推しに対して思っていたところがあり、そこが悪目立ちしなければいいのにな、良さであって欲しいなと思ったことがありました。
それがもし本当に今回の不祥事と関連があるのだとしたらと考えて、自分でそれなりに合点がいってしまったのです。
あれもこれも、全部本当にそうだったんだ、と思い、私が応援したいかけがえのない推しだと思っていた人がバラバラと崩れ落ちて行きました。
そこからはまともにそのグループ自体推せなくなりました。
もちろん推し以外のメンバーも大好きなのは間違いないのですが、どこかで心であの人を探してしまう、でもこの気持ちを抱えながら今頑張っているメンバーを応援し続けることはできませんでした。
その上私は前ブログでお話しした通り精神的に辛くなってしまいました。
私はふと、こんな時に元気くれたり、これからの活力を推しのパフォーマンス、存在で、もらいたかったのにな…ほんとに何してんだよ、クソッ、と思いました。
こんなのは私のエゴでしかないのですが、アイドルってそのためにいるんじゃないのかよ!みたいな気持ちに何度も何度もなりました。
そんな時に、新しくこの人を応援したい!と思う人が現れました。
その人は幼い頃から、もう表現者として生きて行きたいという意志で、芸能活動をしてきた方でした。
なので彼のパフォーマンスを見ていると、すごく説得力を感じました。彼のそうした技術に裏付けされた意志を感じられました。
少しツンデレだったり、語気が強かったり、最初はなんでこの人はアイドルやってるんだろうと不思議に思う時もありましたが、彼なりに誠実に応援してくださる人に向き合いたい気持ちがあるから、嘘をつきたくないと思ってありのままの自分でいることを選んでいるんだろうなと私なりに解釈してます。
とにかくパフォーマンスにおいての爆発力が高くて、音楽が大好きで、歌もダンスも技術はもとより、音楽を楽しんでいる感じが伝わってくるのです。
本人も、今活動していてすごく楽しくやらせてもらってる、と口にしていました。
見てもらう人にも楽しんでもらいたいけど、何より自分が楽しんでいることが1番なのではないかとも言っていました。
確かに、私なりの解釈ですが、どんな形であれ、その表現に全力投球で楽しんでいる人はものすごく輝いている印象です。
そんな彼の姿を見ていて、歌うとか踊るとか、そういうことを今は考えられないとあれほど思っていたのに、歌いたい、踊りたいと自然と思うようになりました。
それで外部レッスンですが、歌いに行ったり踊りに行ったりする機会が増えました。
大学のこととか一回置いといて、自分がやりたいからやる、歌いたい曲を歌いたいからやる、深く考えないことを意識すると、不思議と今までにないくらいうまく行っている感覚も掴めたり、何よりすごく楽しかったのです。
この、「楽しい」と思うことが、すごく大事なんだなと、最近ひしひし感じます。
確かに前まで大学に通えてた頃は、一生懸命でしたが、できないことを突きつけられたり、自分が削れていることばっかりになってしまって、楽しんで何かをやる、という気持ちを忘れてしまっていたように思います。
ああ私、楽しくなかったんだな、そこに救いがなかったんだ、でもやっぱり楽しいって思える自分がまだいたんだと。
あとはそのために努力できる体力、気力があればまたいけるかもしれないと思いました。
もちろん自分の問題はそれだけじゃないし、自信がついたわけじゃないけど、自分が楽しいと思う方へ自分自身を導いていけるようになったらきっとすごく充実できるのではないか、それこそ彼のようなパフォーマンスに近づけるんじゃないかと。
そういう気持ちにまた改めてさせてくれた彼には感謝してもしきれないです。
そんな彼は本日誕生日を迎えました。おめでとうございます。こういうタイミングで彼に巡り会えた私は何かの思し召しなのかと思わずにはいられません。
少しずつ復帰に向けて、準備を進められたらいいなと今は思います。
ありがとう!推しくん!素敵な一年になりますように🎊
ではまた
変わってなかった
こんにちは。 ばっけ丸です。
ご無沙汰するのも定番となりました。
今回、久しぶりにこのようにブログを書こうと思ったのは、ここ最近自分の身に起こったことと、自分の今の気持ちについて残しておきたいと思ったからです。
誰に見てもらいたいとかそういう気持ちもなくはないですが、過去に自分がどんなことを思ったか、日記のように不定期でも書き残しておくべきだと思いました。
私は今大学を休んでいます。
休学というほどではありませんが、心の不調から日常生活をまともに送れなくなり、公認心理師の先生に休養を勧められて、担任とも相談し、病院に行って落ち着くまでお休みしています。
数ヶ月前から、ある出来事がきっかけで人と関わる自信をなくし、そこに私が社会的に未熟なことで周りに迷惑をかけてしまい、信用を下げたと共に、さらに自分に自信をなくしてしまったがゆえに起こりました。
抑うつ感で何にもしたくない、自分は何にもする価値がない。でも死ぬ気力もない、このまま消えてしまえばいいのに。と思いました。
もともと私は自分に自信がなく、自意識過剰なので、一度自分にそのような烙印を押してしまうと、周りの言葉、態度、日常全てが「私なんている意味がない」という前提のもと思考が繰り広げられます。
それでも誰かに助けてもらいたい、必要とされたい、このままでは自分が本当にダメになってしまうという気持ちで相談するものの、結局自分に価値がないとしか思えない私には、励まし、そんなことない、元気になって欲しいという言葉ですら苦痛に感じてしまいました。
とりあえず休んだとしても、休むことで誰かに迷惑をかけていると考えてしまったり、でもこのまま学校に行っても迷惑、なのでやっぱり自分には価値がないと考えてしまいます。
今でもその気持ちは、大きくは変わっていません。
一種の諦めと言いますか、自分が社会に不適合だな、というのは思い込みではなく事実として存在しているのだろうな、とここ数ヶ月ものすごく思いました。
INFP なので、というと胡散臭いですが、思考タイプがそうなので、少なくともこの社会で求められる人間とはあまりにもかけ離れ、それでも自分でありたいがために何かを犠牲にして日々生きていかなければいけない。
自分勝手にもう少し生きていいよ、と言われたこともありますが、私が自分勝手に生きて困るのは皆さんのほうですよ。と皮肉でもなんでもなく言いたくなる。
それで、悩みに悩んで最近思うんです。
自分は社会に不適合だけど、そもそも、こんな歪んだ社会に適合している方がよっぽどおかしくないか、と。
自分を正当化している気なのかもしれませんが、その割にはどうしても腑に落ちない。
こんな、ネットをひらけば誰かを蔑んで自分が正しいとしているような人たち、働いても、自分が本当に楽しみたいことを楽しむためには将来のためのお金に回す余裕がない人たち、
物価は上がり、気候変動はしんどく
資本主義に踊らされて未来に希望が持てない若者たちと、技術や考え方についていけない大人たち。
あげてもキリがないですが、きっと生きている人誰もがこの世の中についていけてなく、その中でも自分みたいな人は余計についていけてない、そもそも社会と整合性が取れないんではないでしょうか。
今回、学校をお休みして、しばらく実家に帰っていました。
そこで小学校の卒業アルバムとか、卒業記念DVDとかを見ました。
もうあれから8年も経つんだなあという気持ちで見ていましたが、そこに映る自分や、かつての自分の文章、当時の担任からの私の印象を見て、こう思いました。
「あれ 全然 変わってないんだけど」
そこには、考えすぎて、ネガティブで、あんまり自分の意見を言わないで、目立つことが好きじゃなくて、人見知りな、今の私と根本はさして変わってない人間がいました。
今思えば小学校時代は、クラス全体で青春して、友達と呼べる人も結構いて、いわゆる黄金時代だなあと感じていたのですが、周りが変わったのか年齢と共に周りから求められる人間像が変わったのか、少しまともな文章が書けるようになったくらいであとは特に何も変わってなかったのです。
おい、全く成長してないじゃないかw
結構ショックでしたが、これが大人になるということなのか、それとも根本的に変わるとしたらこれからなのか…
それでも変わるとしても、この世の中に適合するために変わりたいとは思わなくなりました。
こんな世の中のために自分を変えるなんてアホらしいですし、結局そうなろうとしてもこうなってしまうのなら意味がないですし。
でも今の自分を肯定できるようになるためには何が必要なのでしょうか。
最近なんとなく、それが見つかった気がするのですが、それはまた今度。
では。
罪悪感と隣り合わせ
おはようございます。ばっけ丸です。
ばっけ丸史上最短スパンでの更新です。
本日は前のブログの件について進展がありましたので、お話ししたいと思います。
ついに先日、Aちゃんと話すことができました。
散々他の同期に相談し、背中を押され、なんとかLINEでアポを取り付け、話しました。
でも当の本人は周りが口を揃えて言っていた「変わっていない」Aちゃんとはちょっと違っていました。
私はなるべくフランクに話しかけに行きましたが、Aちゃんは「何を話したらいいかわからない」と私以上に気まずそうでした。理由を聞いてみると、家に閉じこもっていた間に前の自分が本当に嫌になったらしく、前より酷いことを平気で口にしたりするようになったので、変わった自分は仲の良かった友達とどのように接したら良いかわからなくなったそうでした。
私は、「やっぱり」と思いました。というのも、私はAちゃんが前とは人に対する空気感、一人でいる時の空気感が違うと感じていました。前より近づきづらいというか、どこかに黒いものを抱えてそうな雰囲気があるなと感じていたのですが、周りがAちゃんの今まで通りと変わらない様子だといっていたのきっと自分の思い違いなんだろうとやり過ごしていました。
だからなぜか安心したというか、「向こうも気まずかったんだな」とわかったというのもありますが、Aちゃんは誰に対しても気まずさを抱えていたのだろうと思いました。いやだって、一時は音信不通になったほどですから、久しぶりにあったら普通は気まずいはずだと思います。
ただそれが、周りにはあまり気付かれず、私が変に察しが良かったから起こったのだなと理解しました。
それにしても思った以上に向こうが気まずく、本当に何を話して良いかわからない状況だったので、最初の5分くらいは、「話が違う…やっぱり向こうは気まずいじゃんか」と軽く墓穴を掘った気がしましたが、しばらくすると、どうでもいい話で盛り上がり、お互い笑顔で30分話すことができました。
Aちゃんは今まで通りの関係ではきっといられない、今まで通り話せなくなっていると言っていました。
私はその言葉に対して、少し寂しさも覚えましたが、こうした人間関係は、お互いがアップデートしてこそ関係性がうまくいくと思ったので、「無理していい人にならなくていいし、自分も性格悪いから受け止める」と言いました。人の悪口や愚痴にはあまり耐性がない方ですが、自分も人に対して思うところがない人かと言われるとそんなことないし、無理していい人になって壊れてしまうよりはマシかなと、浅はかですが今は考えています。
Aちゃんも私も、悪い自分が出てしまうことがすごく怖く、仲がいいからこそ友達をそんな目に合わせたくないと思ってるのかもしれません。でも私はAちゃんとこれからも長く友達でいたいと思ったから、Aちゃんのブラックな面も受け入れようと思いました。まだまだ付き合いが長かなることもそうだし、いいところだけじゃなくて、悪いところもわかっているほうがいいとも思いました。
逆に多分誰に対しても分け隔てなく優しい人ほど、心のうちでは何を思っているかわからない人もいると私は思います。そういう人は周りにいる人からすごく尊敬されたり、頼りにされたり、愛されたりするものです。ですが私はそういう人を見ていると、たまに本当の心の内を誰にも明かしていないみたいで怖いと感じてしまうことがあります。その人がめちゃくちゃ鈍感でポジティブだったら話は別だと思うのですが…。
きっと、悪いなあと罪悪感を感じつつ人に対して間違えたりして友情とか、絆とか強くなるんだろうなって感じています。故意は論外ですが、今回Aちゃんとは大事なアドバンテージを経ていけたと信じています。
では、今日はこの辺で!
INFPの大親友と気まずくなってる話
ご無沙汰しております。ばっけ丸です。
4月を迎え、ばっけ丸もついに大学2年生になりました。時の流れが早すぎる…うそでしょ😅
そんな私は、今、結構な問題にぶち当たっています。
見出しのことですが、そう、人間関係。
仲のいいINFPの友達と、話せていないことです。
大学で出会った友達で、ばっけ丸と同じINFPだったその子は、同じ専攻、同じ資格課程を履修していることで意気投合し、一時期はいつも一緒にいる友達の中で1番と言っていいほど仲の良い関係性でした。
そんなに仲睦まじい間柄だったのにも関わらず、4月になってからその子とは今現在、一言も面と向かって話せていない状態です。その子を、「Aちゃん」として、今自分とAちゃんの関係性、それについて今後どうしていきたいかをお話ししたいと思います。
2月初頭に試験が終わり、1年生もひと段落していた時に、Aちゃんはかなり精神的に参っていました。
「私はどうせ何をやってもダメだ。歌も上手くないし、ダンスも、演技も。周りはそんなことないって言うけど、そうやって言ってるのも本心だと思えないし、本心だと思えない自分も嫌だ。何もかも嫌だ。」
当時彼女はそんなことを言っていたような気がします。
私は正直、そんなAちゃんに対して少し、面倒くさいと思っていました。私はその時、外部のレッスンを増やして、春休みが長いからこそ基礎を徹底して、2年生になるときにブランクがないように、などとどちらかというと前向きな気持ちでいました。そういう時に後ろ向きなAちゃんを見て、共感できなかったのです。
そんな私はAちゃんに対して少しキツイ言葉を言ってしまいました。
何を言ったかはよく覚えていないのですが、彼女を突き放すようなことを言ったのは覚えています。かなり自分でも酷いことを言ってしまったと思っています。その後はなんとか笑顔で別れることができたのですが、多少の後ろめたい気持ちはありつつも、彼女が自信喪失していることに対して、私は手を差し伸べることはしませんでした。
その後、卒業される先輩方を送る会を開くために、学年で出し物の練習していました。最初はAちゃん参加すると言っていましたが、練習には一度も来ることがなく、ついには連絡もつかなくなりました。私も、私以外の1年生もかなり心配しました。精神的に不安定だったのは知っていたので、一時期は生きているかどうかさえ不安でした。私はAちゃんがそのようになってしまったのは自分が突き放してしまったせいかもしれないと思いました。
というのも、彼女は私に、
「ばっけ丸ちゃんは同じINFPだから、なんでも話し合える」
と言ってくれたことがあり、そういうふうに彼女が思って言ってくれたのかもしれないのに、自分は裏切ってしまった気持ちがありました。自分も彼女と同じように「自分たちは同じだ」と思っていました。でも共感できなかった。彼女の気持ちを考えることができなかった。
そう後悔しているうちに、Aちゃんから先輩方を送る会への参加を取りやめると連絡がありました。
後々別の友人から聞いた話ですが、当時彼女は感染症にかかっていて家から出られず、昼夜を逆転する生活を送っていたそうです。
そのまま2月が過ぎ、3月に入り、私は1年ぶりに喉をかなり痛めて風邪をひきました。なんとか治して、体力回復のためにマスクをかけて散歩をしようと住んでいた近くを歩いていた時、Aちゃんのバイト先の近くまで来ました。
彼女はそのお店でレジを担当していて、もうすでに隔離期間は空けていた思った私は、今日がシフトかもしれない、彼女に会えるかもしれないと思いました。あの日のことを謝りたかったし、元気かどうか様子を見たかった。お店の中に行くとAちゃんは予想通りレジにいました。私はレジ前に並び、やっとAちゃんと話せる時が来ました。
しかし、久しぶりの外出で少し疲れていたのと、風邪で声があまり出ず、さらに並んでいるうちにAちゃんに対してどうやって話しかけたら良いか分からず、マスクで表情がよく分からないままAちゃんの前に立っていました。案の定向こうは驚いて、そして気まずそうに小さい声で「お久しぶりです」と言いました。
結局、その後はお互い気まずくなってしまい、よくある店員と客の会話で終わってしまいました。
私は店を出て、また後悔しました。具合の悪い様子が、多分かえって向こうに心配をかけてしまったのではないか、たいした話もできず、Aちゃんにあの日のことを思い出させてしまったのではないか。
それ以来、彼女のバイト先には行っていません。
そして今現在、彼女とも面と向かって話せてはいません。
4月になり、学校が始まっても、彼女が近くにいると、突き放したこと、バイト先に行ったことがトラウマで、どうやって接すればいいのか本当に分からなくなってしまいました。すれ違って言っていた何気ない「お疲れ」「おはよう」も言えませんでした。Aちゃんと仲良かったこと、好きなことを勧めたこと、彼女と今まで過ごした時間がすごく楽しければ楽しかったほど、とても辛く、苦しくて仕方ありませんでした。
そんな中、最近、気づいたことがありました。
他の友人にAちゃんとのことを話して言われたことなのですが、
「ばっけ丸ちゃん、考えすぎだよ、Aちゃんはそんなこと気にしてないし、今までと変わってないよ。大丈夫だよ。」
最初は、「そう言われても…」と思っていたのですが、時が経つにつれ、本当にそうかもしれないな、と思うようになりました。
というのも、先ほどまで散々書き綴ったこの状況ですが、私の主観的な気持ちばかり書かれており、Aちゃん本人の気持ちは何も書かれていないです。実際、Aちゃんの気持ちは、私は一度も聞いた事がありません。全部自意識過剰とトラウマで私が一方的に彼女を避けているのかもしれないと気が付きました。
Aちゃんは優しく、察しがいいので、どんな理由にせよ、私が今Aちゃんとどう接したらいかわからないことに対して、ならば自分も距離を置いておいた方がいいと考えているのかも知れません。
私はつくづく、自分のしていることが空回っていると感じています。
そして今は、きちんとAちゃんと、面と向かって話したいと思っています。
話が長くなりました。うまくまだ気持ちはまとまっていませんが、自分も、前に進まないといけないと思いました。
では、また。。。
ご無沙汰してしまったので、あえてのフリーブログ
こんにちは!ばっけ丸です!
とてつもなくご無沙汰してしまいました。
前のブログから気づけば一年弱が立っているようで…自分でもびっくりです😅
ブログを放置していた自覚はあるのですが、ふと気づいて久しぶりにブログを開いたらこんなに経ってしまっていて、流石にこれはなんでもいいからとりあえず書き残しておかないとと思いました。
ということで、特にこれといった話題もないのですが、前回からの近況とも言えない近況でもお話ししたいと思います。
前回ご報告させていただいてからばっけ丸、ついに大学生になりまして、現在絶賛一人暮らし中でございます!
意外と掃除洗濯などは自分のペースではあるものの、継続できるようになりました。
意外と一人になると、若干の責任感が湧いてくるものなのかも。
の割には、グルテンフリーだのなんだのは、全然できてないですね(笑)お金もない中で、コスパの悪いグルテンフリー食材はやっぱり手が出づらいです。それよりも無添加食材の方にお金をかけているかもです。
肝心の大学生活は、充実していると思います。勿論同期はすごい人ばっかりで、入ったばっかりは「終わる」と思ってばかりでしたが、そうした同期の子たちと一緒にいろんな授業を受けて刺激を受け合っているうちに、じゃあ自分にしかないものはなんだろう、とかいいところをどんどん吸収していってやろうっていうマインドになりました。
もちろんたまに全くやる気が出なくなったり、食欲が止まらなくなったり、肌荒れがひどかったり、疲れていたり、眠すぎて授業中ウトウトしたりとかは全然あります。むしろ通常運転かも(笑)
そうするとすごい病んじゃったり、涙で息苦しくなっちゃったりしたこともありました。練習に身が入らず、そうして自分のやってることに意味が見出せなくなってしまってたんですよね。
周りの人になだめて欲しいからって不安をぶちまけた。でもそんな言葉を自ら欲している割にはいざかけられたらそんなことないと否定に入ってしまう。
でもそうしているうちに、
これって誰も何も得してないなって腑に落ちたんですよね。
自分も、相手も全くいい気分にはなってなくて。それこそ意味がないなって思った。
そこからは
「少しでも自分の周りにいる人達だけでも自分の努力で幸せにしてあげたい」
って思うようになりました。
ちょっと言葉が理想論すぎるかもしれませんが、要は一緒にいて楽しいとか、元気が出るとか、ポジティブな気持ちになれる人になりたいってことです。だって人間、一緒にいて不安になったり悩んじゃう子より、楽しく明るくなれる子の方が友達としてはいいじゃないかなって。
だからって悩みが全くなくなったわけでもないけど、そうやって悩んでる暇があったら行動するようにしています。
そうして自分に少しずつ鞭を打っていかないとそう簡単には変わらないんだということに気づきました。
これはここ一年くらいで自分の中の大きな心境の変化で。
前はなんでも消極的に解決してきたんです。人との関わりをシャットアウトしたりとか、人間不信になるとか、諦めることでしか自分を正当化できなかった。
でもそれは新たにトラウマを生み出していることにしかならず、余計動きにくくさせているから、これは変わらなきゃダメだと思ったんです。じゃないともう自分は大学にいられないんだって思いました。人間そう簡単には変われはしないですが、努力はし続けようと。
そんなこって、今に至ります。
ちょっと長く書きすぎてしまったかなと反省…
でも長いブログのほうが私は読み応えあって好きなので、これからもこんなのが量産されてしまうかもです。
ではまた!
次はなるべくスパン開けずに投稿したいなあ…
ミュージカル、意外とこういうとこあるよね!
あけましておめでとうございます。
お久しぶりです。随分とご無沙汰しておりました。ばっけ丸です!
ブログを更新しようと書き溜めてはいたのですが、気づいたら年が明けておりました。
年明けから大変なことが多いですが、微力ながらばっけ丸にできることを見つけてやっていきたいです。
おかげさまで元気でやっております。
年末はインフルエンザにやられてましたが😅
7年ぶりくらいに9度台と脱水症状を併発しました…旅先で発症するもんじゃないです…アリャ
ところで、前のブログでお話しした、
ミュージカルを勉強できる学校の入学試験を受けて来たという話ですが、
無事、合格致しました💮
4月から田舎を出るわけですけども、一人暮らしで自炊生活。
節約のためには致し方ないと思っ……
そんなことは全くなく。
自分で食生活を管理できるなんて夢のようです!
やりたいことがいっぱいありますね!ボーンブロスとかグルテンフリーとか。
むしろ掃除洗濯ゴミ処理の方を頑張らなければいけないですので…
結構これでばっけ丸の大体の年齢バレちまってらような気がしますが、まあ、そこは。
前はブログを始めたばかりで、とにかく毎日投稿ペースで投稿してましたが、ここ最近はぜんぜんブログのことが頭から抜け落ちてた日々でした。
でもそのおかげで、久しぶり書くと筆が進む進む。ブログを書くのがシンプルに楽しいです。
ブレークって大事だなぁって。
合格が決まってから前よりもっとミュージカルについて考えるようになって、(厳密に言うと劇団四季の)学校に入ったその先のこと、学校を出たその後のことも考え、逆算して計画をなんとなくですが立てている状況です。
その中で、自分はなんでミュージカルなんだろうって思ったんですよね。
歌うのが好きだし、踊りの経験はないけど好きだし。
でもだからミュージカルになるのか?ってなると違うような気がして。
一度考えたこともあるんです。
アーティストになれば歌えるし踊れるしなって。
ジャンルとか無視すれば、歌って踊るだけ考えたらアリだよな…。
そんな引っかかりがありながらもレッスンをしていたのですが、ある方のお言葉が痛烈に刺さったことがあって。
それは
「ミュージカルやりたいって言ってて、歌の技術とかダンスの技術とかももちろん大事かもしれないけど、全部演技が基本にあるんだよ。
お芝居しながら歌う、お芝居しながら踊る。
役の中で歌ったり踊ったりする。
だってミュージカルは『演劇』なんだもの、やる人だって『歌手』じゃなくて『俳優』だよ。」
あっっ!そうか、俺がなりたいのは俳優なんだ!
とはっきりわかってすごく腑に落ちました。
ここ結構見落としがちになるんですよね。
先日劇団四季ミュージカル「ウィキッド」を観に行った姉と話した時に、
「ミュージカルってやっぱり上手く歌おうとかするんじゃなくて、役のキャラクターとして歌うことが大事だよね。カラオケで歌う時大変だコリャ」
って言ってたんです。
役に対しての捉え方は人それぞれだとは思いますが、
やっぱり演技って重要なんだと痛感させられました。当たり前のことなのはそうなのですが。
もちろんメインキャストになるためには歌が上手い方がいいのはもちろんですし、アンサンブルは踊らなければいけないとは言われてますがそれ以上に芝居でないとミュージカルでないということ。
ばっけ丸は演技の経験などないので気づくのが遅くはなりましたが、これから学んでいく上で再確認できてよかったです。
それともう一つ、お正月はにわかで箱根駅伝を眺めておりました。
記念すべき第100回目でしたね!
もちろん応援しているチームはいて、普段からSNS等で応援させていただいてるのですが、普段からどのような練習をしているのか気になってネット記事などを読み漁って、すごい地道な練習で結果を出していることに改めて感嘆しました。
前々から自分には技術以前に体力がなかったり、体の動かし方等も知らないです。ダンスやってないってこともあるんですけど。
でもミュージカルってすごく体力がいるお仕事で、演目によってはプロの方でも息が上がってしまうこともあるそうです。
そんなこんなで練習風景、食生活、選手一人一人のメンタル作りを浅はかながら見ていて、舞台俳優とアスリートって通じてると思いました。
自分の体が基本で、稽古がトレーニング、練習、大会や記録会が本番期間のような。
スポーツ経験ないばっけ丸が言うことではないんですけど、、
でも普段から体を動かしてないからこそ、理論や体系的なことで正しく学ぶことが大事だと思うし、効率がいいのかなと。
とくにピーキングという言葉は初めて聞きましたが、すごく興味深くて、本番に向けて自分のコンディションをベストにするために調整するっていうことは重要だよなあと。
ピーキングっていうとちょっと聞き慣れないですけど例えば電車に間に合うように家を出る時間を考える、みたいなことですよね。
あとはメンタルや、イメージトレーニングなど、興味深くてとても面白いし、ミュージカルやる上でも役に立つかもしれないって思いました。
多分学校ではここまでは教えてくれないと思うんですよね。
技術やミュージカルの歴史や演習は教わるとしても、トレーニングは必ず自分でやらなければいけない。
アスリートの方って、トレーニング以外にも、睡眠や食生活に気をつけていらっしゃる。
ましてや箱根駅伝に出てる人達は大学生ですから、ずっとトレーニングに打ち込んでるわけではないですよね!
私は今年思った以上に風邪をひいて、コロナとインフルエンザにもかかりました。
その間練習できなかったり、部活に参加できなかったり、悔しい思いをすることが多くありました。
やっぱり健康でベストな状態でいることは、難しいけれど大切であるとひしひし感じました。
そんな自分を少しでも変えたいと思っただけです。
色々決まって意識が変わってきたというお話でした。
ではまた!
人生の岐路に立つ
こんにちは! ばっけ丸です。
この前イヤーカフを初めて買いました。
ばっけ丸は大きめのアクセサリーが似合うらしいのでシルバーの結構太めのカフを買いました。
でもあれ、つけるのすっごい難しい…(汗)
鏡見てもわからない。まだまだ垢抜けへの道は遠いですね…。
そんなことは置いといて。
ばっけ丸、先日、試験を受けてきました。
ミュージカルを学べる学校の入学試験です。
特待生に出願してる人もいたから、ぺーぺーのばっけ丸は浮いてましたね。
特にダンス。
ばっけ丸はダンスが全然できません。
体を動かすのは好きなのですが、思うように体が動いてくれないことの方が多いです。
前にちょっと、ほんとにちょっとだけバレエを習いに行ってましたが、他の用事が忙しくてもう半年以上行ってません。
ダンスって、いきなり始めてすぐできるようになるものではないから、ばっけ丸は基礎も何もあったもんじゃない感じです。
ダンスのカウントの取り方、名前も、数えるほどしか知らないです。
前も模擬試験のようなものに参加して、踊ったことがあったのですが、そのあと来た先生からのフィードバックシートには、基礎を頑張りましょうが2回も書いてあったことがあります。
今回もダンスの後の面接で、
「お家の近くにダンスを習うところはないの?」
と、言われました。
履歴書にはバレエを習っているとは書きませんでした。(習っているとは言えない状況なので)正直にバレエのことについて話すと、
「時間がある時でいいからレッスンに行った方がいいと思います。」
…返す言葉もありませんでした。
当たり前です。教室のためでも、先生方のためでもないです。
自分のためにやることなのですから。
でも心のどこかで、学校行ってからちゃんとやろうとか、なんとかなるとか思ってました。
やっぱり自分の弱いところが出てしまったような気がしました。
合格発表まではまだありますが、またバレエ教室に行くつもりです。
たまに、ついつい自分の周りにいる人と比較してしまいます。
「ばっけ丸は歌もダンス芝居もやらなきゃいけないなんて、すごいね、」
「ばっけ丸は頑張ってるよ!」
確かに田舎にいて、ダンスも歌も芝居も頑張っている、なんて人は周りにはそうそういるものではないとは思いますが、
自分はその人たちに比べたら頑張ってるのかもしれません。
でも自分が本当に比べて、歩みをそろえなければいけないのは自分の周りにいる人たちではなく、
自分がこの世界に足を踏み入れる前からずっと頑張ってレッスンに通い続け、舞台にも立ったことのある人たちです。
ばっけ丸に足りないものなんていっぱいあるから、
自分の武器とかいう前に、まずは人並みになろうと思います。
感傷に浸って書いてしまいました。
こんな弱いばっけ丸ですが、応援よろしくお願いします。
ではまた!